ちどりあしHSP

ステータス低いスライムと化しているHSP気質の日常

ねこのはなし。

少し前に買ったan・anの猫特集を読んでいたら思ったことがあったので、ちょっとだけ聞いてください。

わたしの住んでいるところには、昔からよく猫が捨てられていきます。

時々知らない猫が歩いているのです。その猫たちは、とても痩せ細っていることが多いです。警戒心を丸出しにして毛を逆立てて威嚇してくる猫も居ますが、だいたいがなんとなく人馴れしています。


我が家には、やはり捨て猫だった先住猫がいます。半ノラなので、ずっと家にいるわけではないのですが、縄張りってありますよね。

新しく現れる猫は、いつの間にか居なくなっていることも多いです。

近所で飼われている猫も、その多くがもとは捨てられていた猫たちです。

猫が居る生活は、とても優しく愛しくかけがえのないものです。わたしも、どれだけ救われてきたでしょうか。

an・anに掲載されている猫たち。とても愛されているのだろうなと思ったら、過去に現れては消えて行った猫たちを思い出して悲しくなりました。


「いい人に拾われるんだよ」とでも言って手を離していくのでしょうか。

「飼えなくなったから仕方ないじゃない」と自分の都合をふりかざして置いていくのでしょうか。

病気になったり年老いたり、手に負えなくなって捨てていくのでしょうか。


捨てる人は、民家があるから死ぬことはないだろうとでも思うのでしょうか。

その乏しい想像力で、人の生活に触れた猫が捨てられた行く末を考えてみてほしい。


かわいがられているだろう猫たちを見て、悲しい猫たちを思い出してしまった話でした。

そして、弱った猫を見つけたのに、すぐ行動せず助けなかった自分はダメな人だったなとも思うのです。


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初心にかえった日。

西日本の大雨のあと、自分の被災体験を交えながら防災に対する気持ちを記事にした。

それを読み返し、自分に対して書いたはずの数行の文章を削除した。書かなくていいことじゃないかと思って。

自分への文章のつもりだったけど、いま被災して大変な思いをしている人が嫌な気分になるのではないかとか、色々考えたら、罪悪感にまみれた。

そして記事自体を下書きに戻してしまった。

わたしのヘタな文章で記事を書く意味があるのかと思ったり。

何を書こうとしているのだろう?
書くということを、幼稚な承認欲求を満たす手段にしたいだけなのかな。

ブログをやめようかとも正直思った。
いまのとこ読んでくれている人はほとんどいないし。いまのとこ、人に有益な情報を記事にできてはいないし。

でも、書き始めた理由を改めて考えたら、自分が生き直すための再生の手段にしようと思っていたわけで。

意味があるかないか考えたら、全部意味がないかもしれないし。そのうち意味が生まれるかもしれないし。

やっぱり書こうと思う。

ボランティアに行けなくて、募金をする甲斐性もなくて、仕事もしてない。罪悪感でいっぱいだ。


いまボランティアに行けなくても何かやろうと思えば手段はきっとある。募金は、多額じゃなくてもちょっとずつならできる。仕事だって。大丈夫だ。

罪悪感に引きずられて、深く暗い場所に落ちないようにしよう。

できることはきっとあるし、やり直せる。
自分を信じようと思う。


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上から目線は隠しきれない。

秘密主義。

それ自体は構わない。

言わないよと言いながら、発泡スチロールの重さほどに口が軽い人たちもたくさんいるし、自分を守るためには利口な選択のひとつだと思っている。言わない聞かない、ならばね。


よくわたしが遭遇したのは、うふふと笑って自分のことははぐらかすけど、人の領域には遠慮なく踏み込んできてピンポンを連打し戸を開けさせ、事細かに聞きたがる女の人たち。

その猛攻に負けて、以前は口を割って損をしまくっていた。

あるとき、聞かなければいけないかなという状況下(空気読み発動)で、当時の女友達に誕生日をたずねたことがある。

「え~?うふふ」
はぐらかされた。

すごく知りたくて聞いたわけじゃないけど、きいてほしい流れだったよね。え~…なんか恥ずかしい人になってるよわたし。※空気読みが外れてた可能性はありますよ。あるけども、とてももやっとした。

誕生日を知らなくても教えられなくても友達。それでもいいと思う。教えたくないなら教えないでも構わない。

友達にも、色々なレベルがあるし。
親友から、友達と言っとこうかなぐらいの間柄まで。

その彼女とは、友達でもないけど友達と言っとこうかなぐらいの関係性だったと思う。友人期間の前半は向こうが一方的に(わたしは友達のつもりだった)。後半はわたしのほうも、そんなレベル。つまり知人だ。

でもそれでいて時折、私たち友達でしょと押し付けてくる傲慢さを感じていた。

友達と思っていないくせに。
それがもやもやの原因だったのかもしれない。


文中で書いたように、友達には色々なレベルがある。わたしが知人と定義する関係性をも友達と紹介する彼女とは、そもそもの認識が違っていたのだ。仕方ない。

さびれた遊具のパンダに似てた。

あれは15年ほど前になるだろうか。

「お金を貸してほしいんだけど」
やわらかい声音で、わたしより20歳は年上だった元同僚女性が言った。

当時のわたしは事故で廃車になった車と新しい車のダブルローンで支払いが大変な時期なのに仕事を辞め、次の職場で働きだしたときだったと思う。

人に貸せるお金があるはずもない。

しかし断れない性格だったわたし。

「いくらですか?」
「いくらでもいいよ」
なにを言っているのだろう?
「……給料日前だし、5千円くらいしか貸せないですよ」
「それでもいいよ」

釈然としないまま貸した。
その後も数回、いくらでもいいよという借金の打診があり、いずれも戻ってきたけど、金額をこちらに委ねる借金の気味悪さをいまも時々思い出す。

彼女とは付き合いを絶ったので真相はわからないが、生活費の不足しそうな部分を補うためのものだったのだろうかと推測している。


彼女はいわゆる恋愛体質で、彼氏を切らしたことがないという女性だった。

わたしの父親が他界したあと、夏が始まる前に会った。彼女は心配しているように見えた。
「お母さんどう?」
ああ、まあやっぱり元気はないですよ。
「若いんだから。まだまだこれから」
……そうですね。だといいですけど。
「先を越されるかもよ」
え?なにが?
「彼氏ができたって、そのうち言うかも」
彼女は少し笑っていた。
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父親亡くなって3ヶ月経ってないんですけど?
あのときは、比喩なんかじゃなく血の気がひいた。


彼女がどういう気持ちで言ったのかなんて、本心はわからない。


人斬り侍のようにバサバサと人間関係を切り捨ててきているわたしに言えたことじゃないが、人を大事にして大事にされるという人間関係を築きたい。


人の痛みを想像しよう。
夏になると彼女とのやり取りを思い出しては、自分に言い聞かせるのだ。

攻撃はどこからでもやってくる。

イケメン好きでしょ?

よく言われてきた。

今までの人生でたびたび言われてきたが、その言葉のたどり着く先は、だから一人なのだという嘲笑。

笑われているという被害妄想的なものではなく、笑われている人は意外とその事実を知っているよと大きな声でお伝えしたい。みんな知らないと思って油断して笑ってるけど。


だめだよ、妥協しなきゃとか言われても。
白馬の王子様なんて待ってちゃだめだよと言われても。


王子様と結婚したいなんて言ってないし。


ある職場で、独り身への彼氏ネタがあまりにもしつこくて「イケメンが好きだからな~」と口にしたことがある。経験上、これで話は和やかに終わるのだ。


しかし、そのときは違った。


突然「鏡を見ろ」と隣の席の同僚が言い捨てたのだ。

動揺したし、耳を疑ったし、彼女の人格を疑った。
胸にずぶずぶと突き刺さる鋭利な言葉。

近くに居た先輩が驚きのあまり目をまん丸にして見ていた。見て、あの先輩の顔を!と言いたかった。


あとから知ったが、どうやら彼女はわたしが入社した当時、わたしのことをとても嫌っていたらしいのだ。いじめられていたわたしの学生時代を知る人が親戚にいて、その人から色々聞き、嫌っていたようだ。

その後だんだんと彼女の態度は軟化していき、表向きは非常に友好的になった。裏の顔は知らない。
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とにかく、こっちだって、イケメンが~なんてネタみたいに言いたかないのだ。ひとりものの事情を無視して決めつけるやり取りは罪に問われるレベルになればいいのにと思っている。

いつも想定外の方角から攻撃される。

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「その年になって魚さばけないなんて、若い子ならともかくさ。結婚できないよ~」
過去に、そう言ってきた人がいた。結婚して子どももいる女性だった。

確かにわたしは魚をさばくことができない。
においがつらいし流血がつらいし魚の内臓を出すのもつらい。痛いかな…とも思ったり。いや、もう魚は死んでますよ。わかってるけどさ。

そして、そういう時わたしの脳内映像は、スプラッタ映画に切り替わっている。もしくはホラー漫画。

手元にあるのは魚でも、強制的にほかのものに置き換わってしまっているので、本当に無理。その事実をありのまま話せばおかしな目で見られるので、血がダメなんですとだけ言う。


そしてまた「それじゃ結婚できないよ~」と言われるのだ。


漁師さんが居なくて、鮮魚店もスーパーもなくて、食べたいなら自分で釣ってさばいて料理しなきゃいけない状況になってもそんなこと言ってるようなら、「じゃあ食うな」と言われても仕方ない。すいません。


しかし、魚をさばけない主婦もいるよ。
だから、わたしが結婚できないのは別問題なのでセットにしないでいただきたい。

結局は魚がさばけないことを入口にして、結婚できないわたしを、どうにかして嘲笑したいだけなのだ。



正しい解答はわからないけど、相手の心をバッキバキに折る気があるかないかと、自分のライフステージとの関係性によって、答えは色々あるんだよねと思います。

星のようなもの。

才能なんてないんだよ。
才能なんてないんだよ。


耳の奥で繰り返されるフレーズは呪いのようだ。


全力で追いかけても、手を伸ばしても、興味ないふりをしてフェイントかけても、届かないものは届かない。


走り続けて息が切れた。
手に入らない星を追いかけてるみたい。
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こんなの普通だよ、とみんなが笑う現実。
それが欲しかった。

思い知って絶望して、泣くほど悲しい夜が時々巡ってくる。

悲しい夜だ。
弱くささやかに光る星も見えない。

生きる才能がない。
そんなふうに沈む夜。
爪の先まで悲しみに染まる夜。

才能がなくたって、生きる欲求は消えない。

いいんだ。
気が済むまで泣こう。
いつものように。

今夜は悲しい夜。

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自虐しながら自覚なく攻撃するスタイル。

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「年だから疲れるわ~。ねっ!大変じゃない?」
以前働いていた職場のちょっと先輩で実年齢は知らないけど、わたしより年上の女性。
「いやもう年だから覚えが悪くて~。ねっ!そうじゃない?」
わたしを巻き込もうとする口ぶりと勢いに、いつも辟易していた。

最初に「そんなことないですよ」と返しても効果を得られなかったので、その後はすべて「そうですかねえ」で対応した。彼女は話を聞かない人だったので、対応変えてもなんの問題もなく、わたしの薄っぺらな受け答えスキルだけが上がっていく日々だった。

またその人とは別の30代後半になる女性が「いやもう年なんで」と上司に言っていたのを耳にし、わたしより一つ二つ年下のはずでは?そしてこの職場にはあなたよりわたしより年上の人が何人も居るよ?角が立つ発言かもしれないよ?と思っていたら、上司にたしなめられていた。そりゃそうだ。もっと言ってと心の中で上司をけしかけた。


自虐発言をする女性には、いままでけっこう遭遇してきた。彼女たちの多くは、おそらく傷つけられたくないがゆえに、先回りして「年だから」「ブスだから」「デブだから」という発言を繰り返すのだろう。

「そんなことないですよ」と、こちらが言うのはいい。全然いい。それで元気になるなら何度でも言おう。

嫌なのは、それに対してさらにかぶせて自虐してくること。

○○だから~そんなことないですよループにはまった後の虚無と疲労。

「そんなことないですよ」と、繰り返し言うこっちの身になって。想像して。

わたしも、傷つく前にバリア張って、無傷でいたいときだってある。

でも、自虐は人を不快にさせるし気を遣わせるし、自分自身のことも悪く言うしで、いいことなんにもないよ。

以前テレビでどこかのおばあさまが年齢をきかれ、「まだ80歳」と答えていた。

力強い。

平均寿命まで生きるなら、先はまだある。
ずっと自虐し続ける人生はつらいよ。

だれもが、この世界の中でたった一人の大切な自分だ。この先ずっと独りかもしれないんだけど、せめてそう思いたい。

心が腐る日あっても、折れる日があっても。