ちどりあしHSP

ステータス低いスライムと化しているHSP気質の日常

スメルハラスメントというデリケートな案件。

「スメハラ」ってみなさんご存知ですか?ご存知ですよね。

柔軟剤がけっこう問題視されているらしいですね。色んな匂いありますもんね。そして使う量によっては香水より強く香ることもありますし。

ドラッグストアでも、広くスペース取って販売していて、女性はけっこう使用しているのでないでしょうか。パッケージもかわいらしく手に取りやすい。


我が家は部屋干しのみなので、柔軟剤必須です。使わないとたいがい生乾きのいやなニオイが発生します。

洗濯当番の母親が、その使用量を守っているかは不明ですが。

高齢の母親に洗濯を一任している理由は「洗濯はオラの生き甲斐なのに!」とキレられたことがあるためです。あれから、自分で洗濯するのは下着手洗いのみとなりました。洗濯機のスイッチには長年触れていません。

あの時なんでキレられたかわからないし、数年経ってからその話をしたら「オラ知らね」と言われました。あのひと宇宙人と入れ替わったりしてないですかね?


それはそうと、わたしは容量を守ってほのかな匂いを漂わせる程度なら人の柔軟剤も容認派です。どうやらいまのところ柔軟剤アレルギーではないようなので、咳き込むほど強い匂いじゃなければ大丈夫みたいです。アレルギーだと大変ですよね。


わたしにとってのスメハラは、人の体臭です。
これ言えないんですよね。

男性の加齢臭だったり、タバコやそれと混ざったコーヒーのニオイとか。足のニオイとか。胃液っぽいニオイとか。口の…。

まあ、自分だってくさいかもしれないです。
わからないから、消臭ケアはしっかりしています。
しているけれど、消えているかはわからないんですよね。におってても誰も言ってくれないと思うし。自分も人のニオイは言えないし。


数年前、すごい異臭を放つ方の隣席で働いたことがあります。マスクは気休めだし、彼の異臭はわかるけど、そんなに対策するほど?と他の人に苦笑いされたこともありました。


そりゃあ失礼なのはわかるけど、臭気でノイローゼなりかけたよ?忍耐力が足らなかっただけなのでしょうか。



職場の入り口とか、人で混雑することがわかっている建物の入り口とかにニオイチェッカーみたいなのが義務づけられたらいいなと思います。

自分のときにチェッカー反応したら嫌ですけどね。
そしたら泣くと思います。

でも、人から強めに指摘されたり陰口たたかれるよりは全然いいよなと思うので、義務化してもいいのではないかと。規定値越えしたら、そっと消臭ケアグッズを渡される。そんな未来…。

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HSPイメトレの日々。

ここ数日の間、なんとなく気持ちが腐っていたのですが、住んでるところは比較的気温が低いためか腐乱せずにすみました。


退職してから本をたくさん読んでますが、いまだに答えは見つかりません。


とある本に、たくさん本を読むことにも意味があって、忘れている何かを思いだそうとして見つけるために本を読んだりしているのだ…とありました。※うろ覚え。


早く何か見つかればいいなと心から思います。



今日は家族の用事で、買い物のためスーパーへ行きました。平日だけどお盆前で普段より混んでました。疲れました。


HSPという気質柄、人混みで疲労困憊することも多いのですが、今日も帰ったら寝込みました。あと頭痛。それからおなかをこわしました。


強いダメージを受けライフが減る。


なぜだ。
今日は大丈夫だと思ったのに。


対処法のひとつとして、自分の周囲にバリアをはるイメージを持つと非常に有効的だそうです。


しかし何度試してもバリアはれない。
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人との境界線がぐずぐずに溶けてしまってないに等しいわたしが優先してきたのは、常に身近にいる人でした。それは自分でも家族でもなく、一日の中でもっとも長く一緒にいる職場の人たち。


空気を読んで先回りして仕事をして、困っているなら手を貸して(自分の仕事より優先)、争いが起こりそうな気配を察知したら自分が道化になってもなんとかなだめる、いやなことや傷つくことを言われてもヘラヘラ笑って…などなど。

気が利くとか人が良いとかいう評価を得ていましたが、それだけです。

人に好かれたくてというよりは、空気を乱すのがいやで当たり障りのない自分で生きてきたところがあるんですけど、どんなに心を削っても友達なんてできなかったし。※そもそも削る行為が間違ってますね。

なんでも、いつの間にかやってもらって当然で、やってなかったらなんで?になっていくものですよね。一回やったら継続しないと。そして疲れていくという。

使い勝手の良い人材って感じでした。

数合わせの合コンや飲み会や付き合いの買い物、長電話の相手、愚痴のゴミ箱…。

派遣…。
これ友達という名の派遣業務じゃないか?
いっそ時給発生してほしかった。


もう、良い人キャラは捨てようと思います。
無職でいるいまをトレーニング期間と思って。

「それ無理です」「やりません」無表情でクールに冷たく言い放つイメトレを繰り返すんだ。


今日スーパーで知らないおばあちゃんに「あれ取ってもらっていいですか」と言われ、棚の一番高いとこにあるお菓子をほいほい取ってあげたけど。

いいんです。お年寄りには優しく。


親切も優しくも、したいときはすればいいのです。でもまずは自分。それを意識すれば、境界線を守れるような気がします。

いぬのはなし。

馬に噛まれた話をしたら、3歳くらいのころ犬に噛まれたことがあるのを思い出しました。


相手は小さな犬でした。
しかし、こちらも小さな体でした。


こわい。痛い。
その記憶がいまも心のどこかにざくっと深く刺さったままなのだと思います。


犬の見た目は好きなのです。
柴犬かわいいし、ハスキーもシェパードもかっこいいし、少し前に話題をさらった秋田犬も大きくて頼りがいありそうだと思います。


でも撫でるのに抵抗感あります。
舐められるのも、ちょっと…。

前に働いてた職場では愛犬家が多かったので話を合わせていましたが、すみません猫派でした。

いや、重ねて言いますが、嫌いではないですよ。
見た目は好きです。

しかしちょっとこわい。

たまに放し飼いしてる人(逃亡犬ですかね?)や、リードが異様に長い飼い主さんいますけど、あれ寄ってくるんですよ。

わたし餌もってないよ?
そして餌じゃないんだよ?
キラキラした目で見られても困惑します。



「首しめごっこしよう!」※台詞は曖昧なので、間違っている可能性ありです。

3歳ころ、一緒に遊んでいた子が突然言いました。
聞いたことない遊びだな…ぼんやり思っていたわたしの目の前で、その子は犬の首を両手で押さえつけました。子供なので強い力ではなかったと思いますが、犬はその子の手をどけようと大きく口を開けて左右に頭を振りました。

その近くにあったわたしの手。

まあ、噛みますよね。

その時間、ほんの数秒程度のことです。

ほんの数秒、そしてたぶん甘噛み。

なのに大人になってもトラウマとして残るという…。


そんなことがあってもお構いなしで、父親が知人から犬をもらい受けてきたりして、我が家には長年飼い犬がいました。

その中に、シェパードもいました。もらってきた経緯はわかりません。家人も恐れさせる佇まいで背筋を伸ばして座る犬。いまでも時々あの姿を思い出します。

やっぱり経緯はわかりませんが、少し飼ったらもとの持ち主に返却をしていました。うちの父親はよくそういことをやっていたんですが、なんだったんだろう、あのシステム。


苦手意識を越えて愛着が湧いてきたころ別れが訪れる…。


そして、うちに来た犬はみんな同じ名前で呼ばれました。もちろんあの凛々しいシェパードも同じでした。一代目、二代目って感じですかね。


「おまえの名前は太郎だ」


うん。
そして、シェパードは女の子。
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犬との思い出はなんとなく悲しいものばかりが残っているので、上書きしたいような気もします。

干し草と間違われた可能性は濃厚なのか薄いのか。

そういえば、馬に噛まれたことがあるのをふと思い出しました。


馬好きな父親が、子供を連れていく定番となっていた、とある町に訪れたときの話です。


わたしは小学5年生くらいだったと思います。
かなりの偏食体質だったため、ガリガリの体型でした。


訪れたのは、触れようと思えばできる距離に馬がつながれていて、道具や再現された部屋などから昔の人の暮らしに思いを馳せることのできる展示型の施設…とでも言えば雰囲気は伝わりますかね。


名前をあげればわかる人にはわかると思うのでそれを書けば簡単なんですけど、いまから馬に噛まれた話をするので…配慮です( ・`д・´)


そう。噛まれたんですよ。

人に話すと、

馬に噛まれた?性格が穏やかで賢い馬に?おまえ何したんだよ?

というような、疑わしい視線を向けられるんですけど、馬に噛まれたら極悪人か何かなんですかね?


そこから当時の状況を説明すると、笑い話になって終了する流れに持っていけるんですけど、いまでも噛まれたことはトラウマです。トラウマ多いな。


近くにぼーっと立ってたわたしが悪かったのと、注意喚起の看板が見えるところになかったことが問題点だと思います。



わたしみたいにぼーっとしたのもいるから。
野生じゃないけど、動物なんだから。


人の生活圏のルールに押し込めてるだけだし。
何か起きて、動物が悪いと言いたいとかではなくて、何があるかわからないよ、と。


あの日、馬の近くにぼーっと立っていたわたしは腕に強い圧迫感を覚えました。

日常のあらゆることに疲労感を抱くため、スイッチを切れるところでは切って、魂抜けたような状態でいることが多かったです。あの当時は学校以外の日常全部ですね。

だからもちろん、あの日も魂抜けてました。

痛みで我に返った脱け殻のわたしのガリ細の腕が、干し草を食べる動きで顎を動かす馬の唇にホールドされてました。歯で噛まれたわけじゃないんです。唇で圧迫されてたので、厳密に言えば噛まれたわけではないかもしれません。

しかし、親やたぶん周囲にいた大人たちに馬からひっぺがしてもらってから見た腕の赤いあと。


けっこうな恐怖でした。


人にこの話するときは、ガリガリ体型だったから干し草と間違われちゃったのかもと言って締めますけど。

笑われますけど。


かわいいと思うし言うけど、基本的に猫以外の動物はちょっと苦手です。


なのになんで寄ってくるの。
わたしを餌だと思ってんの?
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あいつ(馬)、口もごもごしてる間中ずっと目が合ってたからね。

3ヶ月は筋肉が弱るにはじゅうぶんすぎるらしい。

そういえば、今朝起きたら筋肉痛になってました。

腹筋あたりがなんとなくぎゅっとしてる。
筋肉痛のアレです。


しかし思い当たるのは、昨日の知人との立ち話しかないんですよ。ヒールのサンダル履いた足で力入れてスーパーのかたい床で数時間。ここ数日の普段と違うことといえば、それしか考えられない。

え、ほんとに?

もっと何日も前にいつもと違う体の動かし方したりしてない?それが遅れてやってきたんじゃない?

腹筋とかしてない?
してないな。


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まさかですよね…。

わたし働けるのかなって心配しかないです。

仮に筋肉痛由来じゃないなら、なんかの病気だし。

それは嫌なので、筋肉痛であってほしいです。立ち話という信じ難いものが理由であるとしても。


筋トレ始めます。

ながいいきもの。

わたしはヘビがとても苦手です。

名前を口にするのもゾッとするくらい苦手です。

言わなければいけないときは、「にょろにょろ」と呼びます。長いうえに噛んでしまう。不便。

あるいは「スネーク」
なんか強い。


不思議なのは、ヘビという単語だとリアルな映像が頭の中にぱっと現れるけど、「にょろにょろ」や「スネーク」は、アニメ的コミカルな画像として脳内再生されます。


ありがたい。でも人に伝わりづらい。


もっといい呼び名があればいいのになと思います。そうそう呼ぶことはないけれど。


それはそうと、彼らがテレビに登場するときは制作サイドも多少の配慮をするのでしょうか。出てくる気配を感じさせるような演出をしてくれていると思いませんか?世の中の「にょろにょろ」苦手なみなさんどうですか?

わたしは、ばーんと出てきそうな気配とナレーションのおかげで、見たくないときは見ずに済んでます。ありがとうございます。


ただ、ひとつ言いたいことがあります。
「にょろにょろ」苦手な人はたくさんいるし、苦情もあったりするから配慮してくれたりしますよね。たぶん。



でもうなぎは?
うなぎはどうなの?
なんで夕方のニュースで予告なくばーん!と出して桶の中で大量にばしゃばしゃさせるの?

油断してるとあれが画面いっぱい元気にうねうねする映像をがっつり見ることになってしまうので、夏のニュース番組は要注意なのです。

まあいつもだいたい油断してるんですけどね。


どうして苦手なものの話をしたかというと、今日道路を横断するにょろにょろを目撃したからでした。

あいつら意外と速い動きしますね。

知人とバッタリ会ってさらっと会話してスマートに別れるスキルがほしい。

スーパーへ買い物に出かけると、元職場の人とバッタリ会う設定にでもなっているのだろうか。


この間とは別の人と、バッタリ会った。


少し話をする。職場や同僚のあれこれが出てくる。
話をしたいのかな?と思ったのが、いけなかったかもしれない。


「時間だいじょうぶですか?」
と、少し話をしてから訊ねられた。

ぜんぜん大丈夫だよ。ヒマだし。
スルッと口から飛び出した台詞を叩き落としたかったが、もう遅い。

ヒマだと言ってしまった。

彼女にも訊ねたが、大丈夫という答えが返ってきたので話を続けた。


そのあとだいぶ話した。仕事の話だけでこんなに時間経つの!?というくらい。しかももう辞めた職場だ。


話を切り上げるタイミングがわからなかったというのもある。彼女が愚痴や仕事の大変さを語りたいなら聞いてあげたいし、話したいのに、じゃあねと一方的に切り上げてしまったら申し訳ないなという気持ちもあった。


2時間強。


さすがにもう。


「こんな時間だ。ごめんね、引き止めて」
と言って別れた。


……引き止めたのか?


最初に声をかけてきたのは向こう。

でも話をうまく切り上げられなかったのは、わたし。

彼女も話を終わらせたかったのに、わたしのほうが年上だから遠慮して言い出せなかったのかもしれないし、だから引き止めたのはわたしということになるかな。

そうなのか?

彼女も話してスッキリしたかもしれないし。
時間の無駄だったと思ったかもしれないし。


わからない。
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わからないから、罪悪感を抱くのはやめよう。
自分責めるだけだから。


それにしても、人との接し方に関して、一進一退すぎるなと思う。今日も最高に合わせた会話をしてきてしまった。反省しかできない。

なんなんだろう。戸板をすべるように流れる軽い言葉がわたしの本質なのかな…。考えよう。次に社会復帰するまで。


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心の中の駄々っ子が選択してきた人生かもしれないなと思う。

色々たいへんなことがあって、つらいことがあって、人なんてろくでもないと毒づいて。


苦労してきたとどこかで思っている自分がいるけど、無意識に不幸を自ら選択してはこなかっただろうかと考えてみる。


いくつもの、完全真っ黒やブラック寄りの会社で働いてきて、自称ともだちという女性たちに振り回され傷ついて、家族の都合で色々なことを選ばざるおえなくて、何も残っていないと悲しみに暮れていて、人生はつまらないものだと思っている。いま生きる気力も底をついている。



でもちょっと待って。

自己肯定感が低いとか自尊心が皆無に近いとか、そういうのを一旦よけて心の中をよく見たら、なんか、たぶんあんまり良くないな悪くなるんじゃないかなって予感する方を選んできた気がするんだ。

そして、あんたたちのせいで不幸だ。

つらい。くるしい。

こっちを見て。

謝って。

謝って!と、駄々をこねる子供のように叫んでるんじゃないかなって。ずーっと心の奥で。


何もかも嫌で、光合成して生きる植物枠になりたいと思ったことすらあるけど。

植物じゃないし。

税金払わなきゃないし。

車の支払いも残ってるし。

生活し続けるし。

親の面倒も見なきゃ。



あれもこれもやらなくちゃ…。
ぐるぐるぐるぐる考えてばかりだ。



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でもどうにかなるよ、と呟いてみる。


どうにもならないかもしれないけれど、大丈夫だよと声に出してみる。


だれも助けてくれないなんて思わなくていい。
きっと大丈夫。


加害者だとわたしが思っている人たちは、誰もわたしが被害者意識を持ち続けて生きているなんて知らない。


いまも苦しんでいるなんて知らない。


謝ってほしいわけじゃないんだ。
謝ってもらったって、苦しみ抜いたわたしのボロボロな過去がキレイになって戻ってくるわけじゃないもの。


あとどれくらいで寿命が尽きるかわからないけれど、生きよう。

大丈夫。

大丈夫と言い続けていれば本当になるかもしれないし。


好きに生きよう。
彼らの人生ではない。
これはわたしの人生だ。


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