ちどりあしHSP

ステータス低いスライムと化しているHSP気質の日常

人生初マイカーは一週間のいのち。

人生で初めての車は苦手な色でした。

免許を取得したものの、大きな買い物だからとなかなか車の購入には踏みきれずにいました。

どんな車が良いか相談できる人もおらず、せめて少しでもお金を貯めてから具体的に考えたほうがいいのか……すごく迷っていました。

当時我が家には、自営で使用する軽トラックと軽ワゴンのような車があり、そのうちの軽ワゴンを借りて会社に出勤していました。

せっかちな父親は、免許取得したなら早く車を買って軽ワゴンを返せと思っていたのでしょうね。


ある日、とうとう彼は実行にうつしたのです。


仕事から帰宅すると、見慣れない車が家の庭に停まっていました。

朱色で、なんとなく古いデザインの軽自動車。お客さんかなと思いながら家に入り、でも誰か来ている様子もなく、誰の車?と訊ねたわたし。

「おまえの車だ」
父親が言いました。
「明日からあれで会社に行け」
どういうこと?
混乱の極みにあったわたしへ、父は追い打ちをかけました。
「大人なんだから、自分で払えよ」


!!
やられた。


自分が乗る車の月々の支払いはわたし。
だって自分の車だからね。働いてるし。
当然でしょう。わかります。

決めてきてやったからな。
わからない。


月々の支払額も何もかもすべて勝手に決められてきて納車されていたあのときの絶望。

買ってくれたなら、好みじゃなくてもありがたく乗りました。しかし支払いは、わたし。購入を急かされてもいいから自分で決めさせて欲しかった。

自分の決めたことは間違いないし、文句は言わせない。父親は、そういう人でした。


車の名義は父親になっていたので、こちらの事情なんて車屋さんには関係ないですよね。

もはや諦めて乗るしかなかったです。


しかし嫌々乗っていたからですかね。
一週間で廃車になりました。
短すぎるつきあいでした。

対向車との接触を避けようとして、川に落ちたのです。ほとんど水かさがない川だったので、水没しなかったのが幸いでした。しかし、車が上下逆さまになったので、エンジンルームには水が入ってしまいました。そうなると、ダメらしいですね。


父親はそれからしばらくは会社に送ってくれましたが、忙しいのに送迎なんてしてられるかという雰囲気だったので、新しい車をすぐ買うしかなかったです。怒涛のダブルローン生活突入です。

そして、その後の人生の車運の悪さは、あそこから始まったのだと今でも思っています。